◆◆◆ ビジョン ◆◆◆


「 ガゼル(アフリカの草原の鹿の一種)は、ライオンより速く走らなければ食われてしまう。
ライオンは、ガゼルより速く走らなければ飢え死にしてしまう。
日が昇ったら、いずこも走らねばならない。」

1998年12月ホームページ開設に伴い、私たちの目指す金型づくりをまとめました。

高田金型工業(株)は、量産産業におけるIT(情報技術)工業化に取り組んでいます。

超小型・超精密・高品質を目指し、コンピュータと日本人気質を活かしたデジタル職人を育てます。

デジタル革命という言葉が定着し始めています。
世界は、「デジタル産業革命」や「知的産業革命」の真っ直中にいると言われています。
何らかの「産業革命」が起きつつあることは確かなようです。
しかし、まだ情報を流通する段階なので、今後、製造業にも波及してくるでしょう。

当社では、デジタル革命が作り出す工業を、
「意志の伝達をコンピュータとネットワークで行うIT(情報技術)工業」と呼んでいます。

前回の産業革命で、自動織機がはた織機に代わって機械化されたのと同じように、
今回の産業革命ではまず、既存の量産産業のIT工業化からはじまると思っています。

現在の意志の伝達は、
二次元の図面によって、デザイン・設計・試作・金型工程へとつながっています。
これからの意志の伝達は、三次元データで形状を定義し、
それに付随する情報も含めてコンピュータとネットワークで各工程に瞬時に伝達する様になっていくでしょう。

まもなく、コンピュータとネットワークによる意志伝達と、
それらの能力に見合うモノ作り機とが連動することで爆発的な生産能力を持った、
全く新しい製造業が出現するでしょう。

我々も新しい産業革命に、微力ながら貢献しようと思っています。

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●やっぱりモノ作り●

●産業革命●

●デジタル時代の日本人気質●

●宿命●

●モノの価値●

●新しいモノの価値●

●技術に落とし込む●

●知識と知能の蓄積●

●1日1型●

やっぱりモノ作り


アメリカは、エネルギーも食料も自給できます。つまり、基本的には3度の食事をとることができます。自分の庭から石油を掘れば、冬も温かく過ごせるのです。アメリカが貿易赤字で、巨大な負債を抱えても成り立つのは、世界の基本通貨を印刷する国だからです。

人間が生きていくのに不可欠な資源を持っている国と、持っていない国との産業は自ずと違います。アメリカだけでなく、フランスも、イギリスも、自活できます。

日本は、食料の65%、エネルギーの80%を輸入に頼っています。先進国でこんな状況の国は日本だけです。それに見合う輸出をしなければなりません。

今、輸出の70%は工業製品です。少なくとも10年間は、その数字は大きくは変わらないでしょう。10年後も、実体のある「物理的なモノ」が、まだまだ大きな役割を占めるのではないでしょうか。やっぱりモノ作りなのだ、と考えています。
また、何らかの工業製品、モノを量産するには金型が必要です。
金型が無ければ、生産できません。そのためにも、型産業は、これからも変化・発展していくことが必要だと思っています。

もの作りに魅せられた国、日本。この狭い国のいたるところで、もの作りに情熱を燃やしている人たちがいます。私たちも、一員として加わっていければ、と思っています。

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●産業革命●


第一次産業革命(18世紀-19世紀初頭)は、石炭と蒸気機関によって、主に紡績・織布の機械化が進みました。第二次産業革命(19世紀-20世紀初頭)は、石油と電力によって、鉄鋼・化学・電気工業を中心に爆発的な産業振興が進みました。

石炭、蒸気機関、石油、電力は、それ自体では何も製品を生み出さないですが、製品を製造するエネルギー源として産業の要になりました。
第一次世界大戦は石炭と鉄の取り合いから始まり、第二次世界大戦は石油の取り合いで始まったことからもうかがえます。

前回の産業革命の時は、自動織機が手工業のはた織機に代わって、爆発的に生産性を向上させました。人間の手の作業にとって代わる道具機の発明です。

今回の産業革命において、コンピュータやネットワークは蒸気機関の役割だと考えるべきでしょう。すなわち、このエネルギー源を使って、何を出力するかという道具・仕組み作りが重要なのです。 私たちは、コンピュータやネットワークがもたらす爆発的な生産性能に合った”高生産モノ作り機”と”人間の手や脳が参加する開発システム”を発明することだと思っています。

ここ数年、モノ作りにおいて、三次元CADなどコンピュータやネットワークを利用すると生産性の向上が計れる、ということが分かってきています。しかしそれだけでは、開発期間の短縮は限られます。装置の生産能力と人間の処理能力とを埋める仕組みも構築する必要があります。

今から、コンピュータネットワークの出力性能に合った道具機や仕組みの発明が起きるでしょう。それが、爆発的な生産性の向上を引き起こします。その時こそ、真の産業革命の瞬間です。その瞬間を見逃さないように、われわれも、もの作りに励んでいくつもりです。

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●デジタル時代の日本人気質●


今、日本で激しい開発競争が展開されているのは、携帯電話、デジカメ、カーナビ、コピー機、プリンターです。これらの製品は、3ヶ月で性能がUPします。デジカメが進化すれば、プリンターとコピー機が進化します。
開発競争が行われている間は、日本で生産されますが、製品の進化が成熟化した時点で、生産はアジアに移っていきます。この、サイクルはどんどん短くなっています。しばらくは、携帯電話やデジカメなどの一連の製品は、一体となって進化するでしょうから、日本には、こうした携帯端末の開発は残るでしょう。

2001年のWCDMA化と、デジタル放送の開始は、通信がデジタル一本に集約することを意味しています。この2つのデジタル電波通信方式は、情報機器産業や私たちの生活に大きな影響を与えます。
デジタル通信は、デジタル家電を生みます。各家庭は、後10年もすると、家電製品はデジタル家電になって、携帯端末が時計の代わりになっているかもしれません。携帯電話や端末、デジタル家電、インタ−ネット、デジタル放送などは、一つのシステムとして組み込まれていきます。

そのような製品を、世界の誰が開発するのか?
こうした全く新しい製品を開発できるインフラが整っている場所は、日本しかありません。超小型化、高品位化、高速開発、超精密、どれをとってもこれらの技術は日本にしか残っていません。

日本のある研究所で、マイクロファクトリーというものが研究されているそうです。
卓上の超小型工場で、数cmの旋盤などが集まり遠隔操作するというものです。
環境、省エネ・資源。これこそ、日本が得意とする技術開発です。
質量の低減は、エネルギー、資源の爆発的低減と生産性の劇的な向上をもたらすのです。

今回の産業革命は、デジタルと質量がもたらすだろうと思っています。
なぜなら、日本には、質量の低減による超高能率工作機械、超高能率モノ作りシステムを発明する土壌が十分に整っているからです。
前回の産業革命は、蒸気機関と、自動織機という道具機を発明した英国から始まりました。今回の産業革命は、アメリカがコンピュータを発明した時点から始まっています。
しかし、コンピュータを利用したモノ作りシステムは、まだ、発展途上の段階です。
そして、土壌が整っている日本が一番近くにいるはずです。
質量をコントロールしている日本が発明するはずなのです。
真の知的産業革命は、資源に乏しく、世界一人件費が高い国、日本から起きるのです。

デジタル時代でも日本人の気質が活かされるのです。日本民族は永遠に職人なのです。21世紀の日本は明るいと信じています。

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●宿命●


これからも、ものを作りつづけていくとすると、我々は、何を作っていけばよいのでしょうか。この140年間は、自動織機に始まり、自動車に至る高速生産の時代でした。
アメリカは、いち早く、銃部品の規格化をして、同じ部品を大量に作れるようにしました。
この標準化の概念に、ヘンリー・フォードがベルト・コンベアを付け足して、量産産業という高速生産の概念が出来たのです。
そして、この高速生産を、最もうまく利用したのが日本でした。
しかし、90年代に入ってから10年、日本の製造業は競争力を失っています。
生産拠点がアジアに移行する速度が増しているのです。 日本に残っているのは、携帯電話、デジカメ、カーナビ、コピー機、プリンターなど…、それと、自動車くらいです。
  これは、製品そのものの性能・機能と、その製品を生産する技術(量産技術)が成熟してきたからだと考えます。製品の性能・機能での差別化が難しくなり、製品を量産する為の製造技術も、最新鋭の生産設備を買えば簡単に誰でも真似できるようになってきたからなのでしょう。

そこで、日本が得意とするモノ作り技術にIT技術、インターネット技術を融合させた新しい時代のモノ作り技術。これを確立するしか、日本の生きていく道はないと思っています。
今回のデジタル革命で、製造業が爆発的な生産性を上げて、モノをどこの国で作っても同じコストになるようにするしかないのです。
そうなれば、「誰が作るか?」が問題ではなく、「何を作るか?」しか価値が無くなるのです。
やっぱり、モノを生み出し、作りつづけなければならないのです。モノ作りに情熱を燃やす国の宿命なのでしょう。

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●モノの価値●


物理的に存在する「モノ」の価値とは何でしょう?

第一段階>> 「実存」
第二段階>> 「機能・性能」
第三段階>> 「価格」
第四段階>> 「快・楽・満」

第一段階 「実存」>>

モノを買う人にとって、その価値とは実存することです。
言い換えれば、自分の家に、モノがあるかないかということです。
ステレオの場合、音が出ればいいし、ファクシミリの場合、文字が送受信できれば良いのです。まず、モノが家に実存することが価値となります。


第二段階 「機能・性能」>>

こうして、その「モノ」がどの家庭でも見られるようになると、機能や性能が価値を持つようになります。たとえば、「リモコンが付いてるよ」、「タイマーが付いているよ」というようになるのです。
日本で、1500cc、1600cc、1800ccなどとエンジンの大きさを細かく区切って「cc」で呼ぶのは、数値による差別化です。
こうして機能・性能に価値が出てくると、比較基準が数値ではっきりするようになり、
技術的に優れたメーカーが選別されます。こうして、ブランドが出来あがってくるのです。
「家のファクシミリは、・・のカラーでスキャナ機能付きだよ」という風になります。

ところが、技術が行き着いて、機能が多くなりすぎたり、機械自体が大きすぎたりしても、利用価値は薄れていきます。
家庭で使う冷蔵庫の大きさにも限界があるように、「750cc以上のバイクは日本で売らないようにしましょう」となることもあるのです。
故障もしない、何も比較する数値基準がない。こうして機能・性能では価値を生めなくなるのです。

今、自動車は、ユーザーの好みにあった形や仕様の車をタイミング良く市場に出せる会社でないと勝てません。これは、携帯電話でもパソコンでも同じです。軽い携帯電話や、新しいデザインのパソコンなど、出した瞬間にシェアが大きく変わるのを見ても、いかに市場に合った製品を、タイミング良く提供することが大切かがわかります。
性能で差別化できなくなった製品は、コロコロ変わる市場の嗜好に合わせる為に、開発期間を短くする必要があるのです。


第三段階 「価格」>>

人は同じ、機能・性能で、品質が保証されていれば安い方を選ぶのは当たり前です。
そうなると、価格そのものが価値となってきます。ここで、生産はアジアに移っていきます。例えば、服、時計、家電です。産業革命後に、早くから開発されたものから、機能・性能がどんどん成熟化すると、順に、コストの安い国に生産が移っていきました。


第四段階「快・楽・満」>>

生産原価が、価格を大幅に下回ると価格は競争力を失います。安くて性能が良くても買わないことがあります。

代表的な例に、SWATCHの時計があります。
1995年、時計の生産額が、25年ぶりに、スイスが日本を抜いて1位に復活しました。時計全体の価格は、香港でも日本でもスイスでも1,000円までで作成できるとすれば・・
価格が、8,000円ならどこの国で時計を作成しても利益は十分確保できるでしょう。8,000円前後のSWATCHなら誰でも、好きな時計が買える値段です。 では、何故、スイス製を買うのか?
ヨーロッパのイメージや高級なデザイン、スイス製の方が、買った人にとって気分が良いのでは・・・。人は、快さ、楽しさ、満足を買うのです。スイスの文化までも買っている気分なのです。

「モノ」に代わって、価値を持つものは「知」です。
「知」とは、人類に「快・楽・満」を与えるもです。快さ、楽しさ、満足、脳がそう感じるものに、人はお金を払います。
たとえば、人の持っていないルイ・ビトンのバッグの「快さ」に、ゲームの「楽しさ」に、掃除機や洗濯機の「楽」にお金を払うのです。だんだんとモノから、遠ざかります。
自分だけが特別に知っている情報、知識。脳に直接刺激を与えるもの。このように、モノではない何かに価値を見出します。この域になるとモノを作ることに対する価値は失われます。何を作るかが価値を持ちます。
モノは、「知」を人間の脳に伝えるための媒体にすぎません。「知」こそが、21世紀の産業です。21世紀の国力を測る単位は、GNPからGN?となるのでしょうか?

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●新しいモノの価値●


今までの量産品は、車なら毎年マイナーチェンジを繰り返しながら4年間、家電なども2年くらいは売れたはずです。今の携帯電話、パソコン、デジタルカメなどの製品サイクルは半年です。

また、生活必需品と嗜好品によっても売れ方は異なります。生活必需品は、今の大量生産の考え方が今後も適用できると考えられます。しかし嗜好品に関しては、新たな価値を持ち始めています。日本人は豊かになって、1,300兆円も個人貯蓄があっても買うものがありません。

嗜好品に対する”期待”と”誰よりも早く”が大切になってきます。自動車、携帯電話、パソコン、ゲーム機・・・。どれも発売当初に爆発的に売れ、後は月を追う毎に急速に販売台数が落ち込んでしまいます。

「モノ」の発売前から期待が膨らみ、誰よりも早く欲しい。買った人は、誰よりも早く手に入れた「満足」を得ますが、すぐに熱が冷めます。それでも、買った人はその瞬間の喜びに対価を払っているから、それはそれで価値があります。買えなかった人は、買った人のモノをみたら、それほど価値を感じなくなり、欲しくなくなります。結局、買った人も買わなかった人も、次が欲しくなるのです。

消費者がすぐ飽きてしまう。ゆえに、販売は長くは続かない。嗜好品は、しばらくこの価値観が続くのではないでしょうか。一瞬しか売れないのです。海外が生産する頃には、そんなモノは日本では過去のモノになっているのかもしれません。そうなると、海外でコピーして、安いモノを売るなんて市場は、日本になくなります。

「消費者が欲しそうなモノを、1ヶ月で開発、1ヶ月で量産、1ヶ月で売り切る」
これが、日本の新しい量産かもしれません。

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●技術に落とし込む●


自動織機によって始まった産業革命から、200年も経っているのに、いまだ、手織りの方が良い織物ができるのです。この種の議論になると、職人の方が上です。
「モノ作り」を語るとき、往々にして、人間はいかにすばらしい才能を持っているかを証明する議論となり、モノ作り産業をどうするかと言う、本来の議題から外れてしまいます。
職人はどこまで進化できるしょうか?

3次元の加工金型に対しても、人が手で作れる「微細さ」と「質感」を越えた要求がされ始めています。微細さや質感の要求をどんどん上げていくと、職人の手による製作時間は、反比例して長くなります。ICのようなミクロン単位の加工をしなければならないとしたら、人間の手では加工できません。

確かに、今でも日本のモノ作りは職人に支えられています。しかし、日本のモノ作り産業の最大の問題点はこの職人の能力に頼っていることです。

今、日本のモノ作りを議論するとき、「職人の育成」を議論するのではなく、職人という技能からの脱皮を議論すべきなのです。
人の技による技能を、再現性のある知識として「技術に落とし込む」 ことが急務です。

なぜ、技能の習得に何年もかかると言われているのでしょうか?「技能は盗め」と言われるように、技能を伝承してこなかったのがその原因です。全ての職業において、今でも技能は盗めでしょう。

しかし、今、必要とされているのは、技能をマニュアル化し、伝承し、技術に落とし込むことではないでしょうか。

<技能とは>
物事を行う腕前、わざ。個人の知識、経験、運動能力などを融合し、意図をもって製造を行い、目的の仕事を達成する能力。

<技術とは>
物事を取り扱ったり、方法や手段、手順。また、科学理論を実際に応用し、人間生活に役立てる手段。人間にとって有用な生産物をつくりだすことを目標とする行為において、動員される道具立て、及びそれらの使用方法についての知識の体系。

どれだけ職人の手がすばらしいものを作り出しても、産業として考えた場合、自動織機の方が上なのです。自動織機と手織りを比べると、そこには圧倒的なスピードの差があります。
金型においても、職人の経験や運動能力によって作られる金型と、知識体系に落とし込まれた道具立てやシステムによる自動金型製作機では、圧倒的にスピードの差、生産性の差が生まれるはずです。

現在、日本を支えている製造業の基盤である金型産業は、依然強い技術力を有しています。
しかし、大きな問題が2つあります。
一つは、1兆8,000億円の金型産業を、従業員平均年齢54歳、95%が20人以下という産業構造が支えているという点。
もう一つは、3次元CAD、PDM、インターネットを利用した大企業による開発プロセスへの革命が起きている点です。
この2つの問題は、相まって、今は、世界一の金型技術やインフラを持っているとしても、後5年もしたら、高齢化とIT化の遅れにより急激に衰退する可能性があります。金型が衰退すれば日本のものづくり能力は壊滅的な打撃を受けます。

平均年齢54歳。
あと6年で職人は60歳になります。
このままでは、いずれにしても、日本では金型を作れなくなります。
時間がありません。

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●知識と知能の蓄積●


新入社員でさえ、半年もすれば、与えられた持ち場で工夫し、独自のやり方で仕事を効率的に進めていきます。知らず知らずのうちに各人がそれぞれ自分の仕事にノウハウを創り上げているのです。こうして各人が蓄積したノウハウが各人の「知識」です。会社としては歓迎すべき事です。

しかし、これをこのままの状態にしておくと、社員の職人化が進んでしまい、その人が抜けてしまうと誰もわからない、という状態になります。
社員の職人化を防ぐためには、定期的に、各自が持っているノウハウを洗い出し、これを各自に分析させ、文書、マニュアルに落とし込んで行く必要があります。
次に、文書、マニュアルを使い、他人への教育を展開することで、各自の「知識」を会社全体の「知識」として共有化するのです。各自の「知識」を吸収する仕組み作りを行ない、会社の「知識」を集積します。
職人色の強い金型産業に、こうした仕組み作りをする知識管理を見直す必要があります。

ただ、こうして蓄積される「知識」とは、単なる情報です。世の中に「知識」を持った人はたくさんいます。たとえば、百科事典の情報は、CD-ROM一枚に集積されています。こうなってくると、どんなに物知りの人がいても、その「知識」やノウハウが定型化された瞬間から、一枚数千円のCD-ROMと同じ価値となります。

では、どんな人材が必要なのか?それは、「知能」を持った人です。
知能とは、知識を生かして、誰も知らない、誰もやっていない事を考え出し、それを実現できる能力のことです。
これから起こる産業革命では、「知識」だけでは通用しません。「知能」を備えた人材の育成ができる教育制度と、社内システムの構築を急がねばなりません。

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●1日1型●


私がコンピュータの会社でSE(システムエンジニア)だった時、最初に上司から言われたことがあります。

「無理と出来ませんは、絶対に言うな」です。

どんな技術的課題についても、技術的にできないことはない。「時間が足りないから、コストがかかるから・・・。」などと、言い訳を並べ立てるのではなく、「こうやればできます。時間はこれだけ掛ります。コストはこれだけ掛ります。」などと、技術的な解決策を答えなさい。

私はそれ以来、どんなことでもできると思うことにしている。

それでも、できそうにない難問にぶつかると、どうしてできないのか(WHY)を考えないで、どうやればできるか(HOW)を考えるようにしています。

”1日1型”

ここ数年、金型を1日で作る方法を毎日考えています。


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